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“無理”をするということ
2021/10/24(Sun)
「 アスリートとしての
 時間は限られる。
 考え方は様々だろうが、
 “無理” は出来る間にしかできない。
 21年のシーズンを機に、
 できるだけ限り“無理”をしながら、
 翔平にしか描けない時代を
 築いていってほしい」

 イチローから大谷選手へのエールである。

 一流選手同志の
特別なシンパシーはあろう。
でも、凡人の我々にも
通じるところはある。
負荷のかかる仕事をした後は、
色々なものが見えてくる、
あの感じである。

 今年は、イチゴの表情が多様に見える。
「今まで、何を見てきたのだろうか」と
じれったく思うほどに。
全力投球をするから見える世界、
サボらないから生まれる効果。

(その後にショータイムはきっと来る by 農園主)


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鍬を振る回数
2021/09/19(Sun)
 先日、とあるお店にお邪魔していたら、
ご主人が隣の畑を鍬一本で耕している姿が
ちらりと見えた。
土の状態を足の感触で何度も確かめながら、
鍬を土に入れては振りかぶり、
遠目には土はすでに柔らかそうなのに、
何往復もしている。
きっと、いい作物が育つに違いない。

 仕事は、出来上がったものしか
普通は見えないので、その過程は
本人以外、誰も知らない。
それでも、そこが肝要なところだとも思う。
どこまでやるかは、
その本人が決めることなのだから。

 サラリーマンのころ、
結果だけでなく、その過程も評価対象に
すべきだという“優しい”動きがあった。
評価する側、される側、みんなにとって
楽なことである。
しかし、「プロ」ならば、
やはり、結果がすべて、かと思う。
店頭に並べた「苺」を食べて頂いて、
頷いてもらえるのか、どうか。

 ハウスに戻って、
イチゴに何ができるかをもう一度
考えている。

(尽きない by 農園主)


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サイゼリアの話から
2021/03/08(Mon)
 外食の“サイゼリア”は、
コロナ後も夜10時以降は
「閉店」を続けるそうだ。
感染が収束しても深夜の客足の回復は
見込みにくいとの判断である。

 将来のことは誰にも分らないが、
他人と接触する時の距離感が
今までよりも相当離れたことは
明らかで、これがもとに戻ることは
当分ないものと実感する。
生活は新しいスタイルに変化しており、
同時に仕事の在り方も移行している。
それでも、変わらない根幹、
あるいは増々重視されることが
あるとすれば、顧客の信頼感だと思う。

 いちごの品質の向上に甘えは許されず、
そこが揺らいだ瞬間に、
次のステージの用意はなくなる。

 それでも、従来のやり方や考え方を
刷新する勇気があれば、
新世界が見えるはずと
自らを日々鼓舞している。

(キツイけど結構楽しい by 農園主)


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「働く」意味って?
2020/10/04(Sun)
 ご近所のスーパーで、好きなレジがある。
毎回、わずか数十秒のお付き合いだが、
“いとうさん”との会話がちょっと楽しみ。
特別なことを話すわけではない。
「いちご順調ですか?」とか、
「ご夫婦いつもいっしょですね」とか、
「今日はカラフルな服ですね」とか。
それでもなぜかホッとする。
彼女のレーンがいつも混雑しているのは、
多分そういう理由があって、
「仕事」って、そういうものかな、
と毎回勉強している。

 人とかかわる、社会とかかわる。
もっと具体的に言うなら、彼女のように
人に必要とされることだと思う。
働くことは本来、とても楽しく、
100歳まででもやっていきたいものだ
と想像している。

(報酬は後からついてくるもの by 農園主)

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研究者と芸術家
2020/10/01(Thu)
 先日、興味深い記事を見かけた。
谷川九段のエッセイ(日経新聞)である。

「 将棋の棋士は、
 勝負師と研究者と芸術家の顔を持つべきで、
 普段は、将棋の真理を追究し、
 対局の準備も綿密に行う。
 対局の序中盤は、
 将棋の無限の可能性を追い、
 新しい世界を築く芸術家となる。
 そして終盤は、
 勝利を求める勝負師に徹する。
 この3つの顔を自然に切り替えられるのが、
 理想の棋士像である。」

 きっと、どんな仕事にも多面性があって、
イチゴ農家もその点は同じだと感じる。
イチゴの生理は、学術的に解明されていない
部分が多く、今年の花芽分化の予想も含めて、
研究の余地は大きい。
一方で、イチゴの生命力は神秘であり、
旺盛なところがあるので、
生産者の技術力以上の芸術的な果実を
勝手に実現してくれることもよくある。
また、消費者の求めるものを提供するために、
生産者には、経営者としての顔も
必要であろう。

 将棋界では、AIが進み、
対局の中盤までの戦術の選択肢は狭まり、
終盤勝負の展開になっているそうだ。
一方で、イチゴの生育については、
自然環境が同じという条件が2度ないので
データの蓄積が難しい側面がある。
それがもどかしいと感じることもあるが、
自由度というか裁量の余地が
大きいという点は、
シアワセと考えるべきなのかも知れない。

(実務と直観と by 農園主)

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