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統率力の極意
2020/05/25(Mon)
 ハウス工事の職人を束ねる若い社長と
夕方に少し話をする時間があった。
この20日間近く、彼らの仕事振りを
見ていて、感心している。
若い職人たち全員がとても仕事に丁寧で、
しかも仲が良く、先輩が後輩に優しい。
理想的な職場環境で、
間違いなく出来るチームである。

-社長、怒ったところを
  見ませんでしたけど、
  いつもそうですか?

「 そうですね。あまり大きな声を
  出すタイプではないので。」

-でも、若手を統率するためには
  厳しい顔も必要でしょ?

「 そうかもしれませんが、
  そうしていません。」

-なぜ?

「 必要ないからです。
 よくやってくれますので。」

-本当、そうですよね。

 人を統率する能力は、
特別なものではなく、
「人一倍働く」 
そういう背中なのかも知れない。

(手を抜かない厳しさ by 農園主)


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期限を守れない人たち
2020/02/13(Thu)
 学校の宿題を忘れる。
これは、先生には怒られるが
周囲には迷惑をかけない。
自分の学力には影響があるかも知れない
という点で自己責任にとどまる。
 しかし、社会の中では
「期限」を守れない人は、
生きていくことが難しくなる。
誰からも信用されなくなるからである。
逆に言えば、このプレッシャーを
社会人はみんな皆背負って
仕事をしているのだと思う。
自分自身も期限を守れないことは
“恥ずかしい”ことだと思うので、
管理には気を付けるようにしている。
いくつものタスク(課題)を
同時並行で進めなくてはいけないこと
が仕事であるから、それぞれの進捗と
問題点をエクセルシートに書き込み、
日々何度も更新しながら、
自己管理している。
会社にいたころと同じである。
似たり寄ったりのことを
誰でもされているのだと思う。

 それでも、期限をいつも
守れない人がいるのは
なぜなのだろうか。
「ラストスパート」で何とかなると
タカをくくっているから?
何とかなったことはないはずなのに。
まずは、ロケットスタートを
切ってみてはどうか。
ダッシュしながら、
どの程度の作業量と時間がかかるかを
判断し、期限の修正が必要であれば、
スタート直後に周囲と調整をしておく。

 再建作業で、様々な業種の方々と
仕事をしていると、そんな中で
農業関係者はなんと期限が守れない人が
多いことか、それに驚く。
発注元の我々農家が
甘やかせすぎたせいかも知れないし、
業界内の競争原理の欠如(縄張り)が
大きく影響しているのかも知れない。
いずれにせよ、まずは自分ができる範囲での
進捗管理を続けるしか道はない。
それをうるさいとか、細かいとか
言われようとも。

(基本なので by 農園主)

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逃げるか進むか
2020/01/22(Wed)
 同じ金融業界であっても、
銀行と証券会社では文化が大きく違う。
証券会社に転職してカルチャーショックを
受けたのがリスク管理部門の姿勢である。
銀行では、フロントや営業部門が
推進しようとしている商品に対し、
障壁として立ちはだかる。
「これまでにデータを
計測してきていない上に、
リスク管理の計測モデルが
確立していない。」
そういう商品は扱えないと仕事を止める。
同じ会社内なのに。
そもそも確率論から出発する
リスク計測には限界があるのだが、
そこは棚に上げて、データとモデルに
とてもこだわる。

 一方で、証券界の管理部門は、
その本質を理解しているので、
考えうる中で、最も悲観的な
シナリオを描き、その中で、
リスク管理の手法を成立させようとする。
会社全体の方向を俯瞰して、
どうやれば最適に走らせることができるか。
踏み出す思考の最初の一歩を変えるだけで
方向は180度違う仕事になる。

 どの世界にも同じようなことがある。
小さな思考の分かれ道から、
ポジティブに生きるか
ネガティブに生きるか、
人生の大きな分かれ道にもなると思う。

(勇気というスイッチで by 農園主) 

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永遠の51番
2020/01/05(Sun)
 昨年はイチローが引退し、
彼のインタビューの言葉に、
くぎ付けになった方も多いかと。
自らのバッティングフォームを
常に改良し続けてきたことは
有名な逸話だ。
どんなに好成績だった翌年でもずっと。

「 バッティングフォームに
 最終形はない。残酷ですね。
 確かに遠回り、
 でもそうし続けるしかない。」

 言葉に重みというか、信頼感があるのは、
有言実行を貫いてきたからで、
それはどんな仕事にも通じる真理であり、
小さな農園の仕事でも同じだと感じる。

 今回再建するハウスは、
試行錯誤を重ねているが、
それでも今後も多くの補修や補強が
必要になるのは間違いない。
栽培の方法も同じで、
環境条件は常に変化している。
そこに自分たちがどう
適応させていけるのか。

 “最終形”がないからこそ、
永遠の宿題があり、
良く言えば「夢」がある。
今は上手くいかなくても、
目の前のことをやるしかない。
たとえ「残酷」なことであっても。

(彼が証明してきたように by 農園主)


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今年の漢字「令」から思うこと
2019/12/13(Fri)
「形式論は止めて、
本質的な議論をしよう」
会議の中で聞かれる言葉かと思う。
空中分解しそうな議論の解決策は、
その先に大抵あるものだから。
その意味で、法律は多分「形式的」
なものの際たるもので、それは、
その適用を一般化するためである。
しかし、法の精神には、必ず骨格に
本質論がある。
何のための(誰を保護するための)
法律かということだ。
それを生かすも殺すも、
運用する人次第。
立法と行政の分断の意義は、
そこにあると思う。
つまり、法を運用する立場にある
行政は、形式的な法の本質を
具現化できる立場にある。
「“形式的”に判断します。
“本質論”は求められていませんから。」
そう言ってしまった途端に
公僕としての存在意義を
自ら消し去ってしまうことになる。

(律令の本質である by 農園主)


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