求道
2018/02/21(Wed)
 スピードスケートで金メダルを獲った小平選手。
浮ついたところのない独特の雰囲気を放つ。

「アスリートとして自分自身を表現する言葉を
3つ教えてほしい」という問いに、
「求道者、情熱、真摯」
と答えている。

 求道? 多分これまでの人生で黙読したことは
あっても、自分の言葉として発したことはない。
真理や宗教的な悟りを求めて修行すること。
ストイックな姿勢がよく分かる。
しかし、もう1度3つの言葉を読み返してみる。
すると、仕事をしている人なら誰でも共感できる
的確な表現を選んでいることに気が付く。

(語彙力も天才的だ by 農園主)

この記事のURL | 時事放談 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
期待と不安の自動運転
2017/12/16(Sat)
 車のオイル交換に出かけたら、
自動ブレーキの体験フェアをしていた。
誘われるままに、最新のプリウスに乗り込む。
「コンビニから帰るときに、
アクセルとブレーキを踏み間違えた」
という設定である。
(そういうものに誘われた。。。)
車が障害物(コンビニのドア)を察知して、
アクセルを踏みこんでも、
ブレーキがグッとかかる。
おっとこれは、
今後、高齢者ばかりになる世の中にあって、
基本的な性能になってもいいかなと感じた。
ただ、走行中となると、
自動ブレーキをそう簡単に作動させる
わけにはいかないそうだ。
現在の技術では、前方を走る車が
減速した場合にブレーキが効くように
設定されているが、逆走して向かってくる車や
横から来る場合には、作動しない。
ブレーキをかけることが、
却って危険になるからだそうだ。
なるほど、過信は禁物ということだろうか。

 そう言えば、便利なパソコンに
依存するようになって、いつの間にか、
漢字が書けなくなってしまった。

(ちなみに当園はマニュアル車 by 農園主)

この記事のURL | 時事放談 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
歴史を知る、ということ
2017/11/19(Sun)
 「歴史というのは上手に
“思い出す”ことなのです。
歴史を知るということは、
古えの手ぶり口ぶりが、
見えたり聞こえたりするような、
“想像上の経験”をいうのです。」
( 「学生との対話」小林秀雄著 )

 高校の日本史で学ぶ用語を
現在の半分に減らすべきとする提言が
なされているそうだ。( 日経新聞 )
暗記項目を絞って、流れを学ぶ教育に
変えるためという。
その趣旨に異論を挟む人はいないと思う。
しかし、外される用語に
「上杉謙信」「武田信玄」「高杉晋作」
「坂本龍馬」などが上げられている。。。?
これらの人物なくして、古えを想像することは、
とても難しい。

(迷信も含めて国史である by 農園主)

この記事のURL | 時事放談 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
少し長いラグビー談義
2017/11/11(Sat)
 先週来日したラグビー豪州代表との試合は、
とても残念な内容だった。
ダブルスコア以上での大敗は深刻である。
2年後に迫ったW杯開催機運を完全に
萎ませてしまっただけでなく、
日本代表の目指す姿は見られなかった。

 世界のラグビー戦術の主流は、
「アンストラクチャー」にあるそうだ。
キックを使って互いに陣形を乱した状態をつくり、
そこをスピードで突いていくというものだ。
「この戦い方は世界で増えている。
エディー・ジョーンズ(前HC)も今は同じやり方。
日本の課題はこのスタイルへの理解を深め、
精度を高めることだ」
日本代表の戦術・攻撃コーチである
ブラウン氏のコメントだ。

 果たして、それが日本人に
あったものなのか、どうか。
その心配が露呈している。
“ラグビー”という競技において、
キックを選択するということは、
自らの攻撃権を放棄することになる。
もちろん、陣地を確保するという効用もあるが、
その場合でもキックしたボールを奪回しない限り、
攻撃権は失うことは同じである。
高校ラグビーでも教わる戦術の常識である。
それをチャンスに変えるためには、
ボール落下地点までの走力と
その地点でぶつかり合う体の
破壊力が求められる。
エディーがその戦術を今採っているのは、
イングランド代表という全ての要素を
兼ね備えたチームだからであろう。
エディーはその著書で、
ジョセフHCを優れた指導者と認めながらも
ナショナルチームの指揮を執ったことが
ないことへの懸念を述べている。

 世界スタンダードよりも、
桜のジャージーならではの独自性や
個性を生かしたプレーに我々国民は興奮した。
ジャパンにしかできないことに。
前回大会でその手掛かりは得ているはず。

(あれは奇跡やまぐれではない by 農園主)


この記事のURL | 時事放談 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
運命のドラフト会議 2017
2017/10/26(Thu)
 毎年、ハラハラさせられる。
獲得したい球団と入団したい選手が、
相思相愛だとしても、
抽選でその運命を決めなければならない。
なんと理不尽な。
しかし、資金力のある球団に選手が偏在することを
避けるためという球界全体の「平等」がこの手法を
正当化する。

 ただ、その後の人生で、
何が吉と出るかは分からないことを
みんなよく知っているので行方を見守っている。
ハラハラしながらも。
もし、彼らに一言言わせてもらえるなら、
どの球団に行くかというより “一流” の人間に接することが
できる環境かどうか、それがもっとも大きなこと。
サラリーマンだって同じ。
たとえ、自分が一流になれなくとも、
視野は信じられないくらい一気に広がるからである。

「目指される選手になりたい」
多くの球団から指名された高校生が抱負をそう述べた。
一流は、最初から一流の視点なのである。

(我々だって、これから by 農園主)

この記事のURL | 時事放談 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次のページ>>